パーソナルAI考~はじめに?


computer は “com-” 共に、”-pute” 考えるもの、である。
1983年、大学受験生だった頃、試験に出る英単語を解説する本に、そのように書いてあった。

1980年以降、ワンボードマイコンがパーソナルコンピューターに発展していった頃から、コンピューターを個人で持てるという期待は高まり、現実化し、値段は下がり、今では職場でも、家庭でも、欠かせない物になった。
あれから30年以上が過ぎて、パーソナルコンピューターは、確かに、ものすごく発達した。PC-8001のクロックは4MHz、メインメモリは良くて32Kバイトだったのが、今やクロックは3GHzを超えて、メモリは4Gバイト、16Gバイトと増えている。
それで、この機械は「共に考え」て、くれるだろうか。いや、できていない。

SF映画やアニメなどの中で、人間と会話し、助けてくれる人工知能が何度も描かれている。HAL-9000、KITT、エンタープライズ号、オモイカネ、チェインバー。
いつかはこういう物を、一生の間に、自分で作りたいと思っていた。

メモリもCPUも貧弱だった’80年代から、おそらく多くの人が同じように考え、アマチュアの中でも似たようなことを始めた人達はいた。しかし作られたのは、”人工無能”と自虐した名称の、遊びのプログラムが大半だった。 文字列を入力されたら文字列を返す。 ELIZA (イライザ)という精神科医を装うプログラムはそれ以前から存在し、それをヒントに語彙を増やしたり、予想外の返答をして笑わせたり。
その後、”人工無能”は、一問一答の手順をくずしたり、大量の会話文をヒントに、マルコフ連鎖などを利用して、それらしい返答を返したりして、より人間臭くなったものの、その内部でちゃんと思考している様子は無かった。

人工知能の本流の方では、Prologのような述語論理をあやつるプログラミング言語が現れ、人間も三段論法を使って思考することから、一気に発展するのではないかとの期待が持たれた。日本でも第五世代コンピュータが国家プロジェクトとして立ち上げられたが、結局何が出来たのか我々国民にはよく分からない。
’80年代から’90年代にかけて、人工知能に対する期待は失望に変わったと言われている。三段論法を処理できれば万事OKではなく、もっと大量のデータが必要だったなど、問題点が山ほど残っていたことが認識されたようである。

量が転じて質となる、だけでは無いと思うが、その後、さらにハードウェアの物量は発達し、プログラム言語も手続き型プログラミングからオブジェクト指向、関数型、LL(Lightweight Language)なども普及し、インターネットによって人間同士の情報も大量に電子化された。 チェスや将棋のような限られた分野では機械が人間を打ち負かしただけではなく、iPhone の Siri のように、声で話しかけて質問に答えるようなものまで身近になっている。

さてそれでは、もう何か作る必要は無くなってしまっただろうか?
いや、そんな事はない。 Siri は音声認識こそ優れているものの、その先は結局 ググレカス だし、僕の部屋にもあなたの部屋にも、HAL-9000もチェインバーもいないではないか。

私達の生活に溶け込んで役立つ存在となったパーソナルコンピューターと同様、私達一人一人に恩恵をもたらしてくれる、「パーソナルAI」が欲しい。 果たしてそれは、いったいどういうモノであればいいのか、そして、どう作ればいいのだろうか?

この課題、10年、20年かかるかも知れないけれど、ずっと考えて取り組んでいくつもりなのであります。