解雇特区と言うが

“解雇特区”をごり押しする政治の論理と常識への疑念

解雇特区、などと言うが、働きの悪い従業員には辞めてもらう、という、一種の競争主義のようなものは必要なのではないだろうか。 リーマンショックの時、派遣の我々は一斉に切られ、回復してきた頃に再度採用頂けたのはありがたいが、 戻って見ると横には一日中 お菓子食ってる正社員様がいて、なんでこんな人間が安泰で、パフォーマンスを出そうと緊張感を持っている波面メンバーがこんな目に遭うんだろうか・・・と、思ったものでした。

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企業は市場の競争に晒される中で利益を上げる必要がある一方で、従業員は世代交代するため後進の育成が必要です。なので、社内ニートなど一人たりとも置いておけないというパフォーマンス重視の面もあれば、効率主義だけで生徒を扱えない学校のような面もあります。▼後輩を育てる行為は結果的には利益に貢献するはずですが、成果主義の採用のもと短期的には評価されないという理由で指導教育しなくなってしまったという弊害も実際起きたようです。▼私は技術職ですが、昔は先輩が残業時間につきっきりで教えてくれたりしたものです。最近は(コンプライアンス重視の風潮にあり)上下関係もドライに見えます。▼紹介されたSASですが、その内情からは社内での競争や圧力のようなものが感じられ、昔ながらの日本企業とは全然違うと思いました。日本の大企業は、派遣は簡単に雇ったり辞めさせたりしている一方で、正社員はポジション相応の働きをしていない人や遊んでる人に対して圧力も何もかからず何年もそのまま…という事例をよく見かけます。▼既に投稿意見にも出ていましたが、結局、個々の従業員をパフォーマンスをうまく評価できていないという現実があるように感じています。また、正社員を減らして派遣を使うのは、教育を面倒くさがる会社が増えている。