(BGM:旅立ち)


ここから見る星は瞬かない
我々は今 宇宙にいる

地球
大気というベールによって守られた
命に満ちあふれた星

こんな言葉を聞いたことがあるだろうか
地球は人類のゆりかごである
いや 人類だけじゃない
命は全て この地球という
安全なゆりかごの中で育まれてきた

けれども この言葉には続きがある
人間はいつまでもゆりかごにとどまっていない
そう 私達は ずっと昔から
守られた この場所から 外の世界へ飛び出すことを
夢に見てきたのだ

そんな想いの積み重ねが 今 彼を
宇宙に送り出そうとしている

彼の名前は 小惑星探査機 はやぶさ

しかし なぜだろう
なぜ 私達は それほどまでに宇宙に憧れてきたのだろう

その答えは やはり 宇宙にしかない
さあ 彼と一緒に その答えを探しに行こう

caption: 2003年5月9日 地球を出発

title:   HAYABUSA BACK TO THE EARTH



(BGM:道のり)

これまでにも たくさんの探査機が 宇宙を目指した

けれども はやぶさとそれらの間には 大きな違いがある
それは 彼の旅が 一方通行ではないこと

ほとんどの探査機が役目を果たした後 
そのまま宇宙の闇に消えていくのに対し
はやぶさは ふたたび地球に戻ってくるのだ

いや ただ戻るだけじゃない
彼が携えた 地球帰還カプセル
彼は 目的地の小惑星に到達して
その岩石をこのカプセルに納め
地球に持ち帰るのだ

彼がこれからたどる 旅の道筋を見てみよう

太陽系の天体は皆 美しい楕円軌道を描いて巡っている

火星と木星との間で群れをなす 月よりも小さな天体
それが小惑星だ

そのひとつが はやぶさの目的地でもある イトカワ

ただしイトカワは この群れから大きく外れて
地球に近づく軌道を持っている

はやぶさは まず 地球を飛び立ち 地球に一度追い抜かれる

約一年後  地球に追いついた君は スイングバイを行う
スイングバイとは 天体の重力を利用して 進行方向や速度を変える技術
はやぶさは 地球に押し出してもらい
スピードを上げながら イトカワへ向きを変える

こうして目的地イトカワへ到着

イトカワで岩石を拾った後は 同じような楕円軌道を描いて
地球に帰還する
はやぶさの旅の本当のゴールは イトカワではなく 地球なんだ



(BGM:イオンエンジン)

ここは はやぶさの長い旅を支える イオンエンジンの内部
燃料であるキセノンガスが プラスの電気を帯びた陽イオンと電子に分かれ
プラズマ状態になっている

イオンエンジンは 陽イオンを加速させて放り出し 進む力を得る

そうして得られる力は ほんの紙一枚を支える程度の力でしかないけれど
長い時間続けて運転することによって 十分な速度を得ることができる
少ない燃料で長い時間飛び続けることができる 素晴らしいエンジンだ

小惑星往復探査機のエンジンとして採用されたのは
はやぶさが世界初なんだ

彼は1秒間に30キロメートルの速さで進んでいる
東京−大阪間をわずか15秒
それはまさに「はやぶさ」という名にふさわしい速度だ

しかし こんなに速く駆け抜けていても
宇宙ではほんの僅かずつの歩みでしかない

宇宙は 私達の感覚をはるかに超えた 大きな広がりを持っている


caption: 2003年11月 順調に航行中



(BGM:地球へ)

はやぶさ 
私達が宇宙に憧れる理由(わけ)
それは何だろう

遠い昔 生まれたばかりの宇宙にあったのは
水素とヘリウム そしてわずかばかりのリチウムだけだった

それらがかき集められ 最初の星たちが生まれたのは
宇宙誕生から数億年が過ぎた頃だ

けれど それは今 こうして見ている星たちと同じものじゃない
星にも死があるんだ

星は水素をヘリウムに変える核融合反応で輝きを得ている
中心部に水素が無くなると 今度はヘリウムを炭素や酸素に変える
それも無くなると さらに別の物に
星は新しい原子を作り出す工場でもあるんだ

しかし星の輝きは永遠じゃない
最後の時がくると 星は全てを宇宙にまき散らし
一生を終える

そんな星のカケラが宇宙空間を漂い 長い時間をかけて集まって 
ふたたび星となる
私達の太陽もそうやって生まれたんだ

いや 太陽だけじゃない
私も そして君も
すべては 星が作り出した物の中から生み出されてきた

宇宙は遠いところにあるのではなく
私達自身が 宇宙なんだ


はやぶさ
これらの星の中に とても大事な星がある
それがわかるかい

あそこで輝く青い星
実はあの小さな光の点こそが 私達のふるさと 地球なんだ

太陽を一周し 11ヶ月ぶりの再開だ

こうして見ると ずいぶん小さく感じるね
そう見えるのは 君が もっと広い世界を知ったから

でも 私達はこの地球の中で生まれ 悩み 喜び
そして成長してきた
そう ここには私達の全てが詰まっているんだよ


caption:  2004年5月19日 地球に再接近



(BGM:スイングバイ)

いよいよスイングバイの瞬間が近づいた

スイングバイで正しい方向に向きを変えるためには
このきわめて限られた範囲を 決まった速度で通り過ぎなければならない
それにはとても高い精度で 飛行を制御することが必要とされる

2004年5月19日 日本時間 午後3時21分42秒
(caption:  2004年5月19日 地球に再接近)

はやぶさは地球に再接近した
その距離はわずか3700キロメートル

そして寸分の狂いもなく はやぶさは予定のコースをくぐり抜けた

君と地球をつないだ見えない手
そのとき君は地球に背を押され 大きく向きを変えて
一路 イトカワを目指す軌道に乗った



(BGM:遠い過去への旅)

はやぶさ
なぜ君の目的地がイトカワなのか知ってるかい
その意味を教えてあげよう

これが生まれたばかりの太陽系の姿

caption: 46億年前の太陽系

集まったガスは回転しながら中心に落ち込み
今 太陽が産声を上げた

やがてガスに含まれたチリが集まって 岩や氷のカケラとなり
それらがぶつかり合って徐々に成長していく

まず 比較的太陽に近い場所で生まれたのが 岩石の惑星たち
水星 金星 地球 火星といった 4つの惑星たちだ
いまだその表面は熱い溶岩に覆われている

少し遅れて生まれたのが
木星や土星といった ガスに覆われた巨大な惑星
そして 天王星 海王星といった 主に氷でできた惑星だ

その間に取り残されたカケラは 無数の小惑星となった

caption: 原始地球

やがて地球の溶岩に覆われた表面は ゆっくりと冷えていったが
一度とけてしまった岩石には 太陽系が生まれた頃の記憶は残っていない

だから地球の岩石を今調べても
太陽系誕生の頃の様子を推し量ることはできない

しかし 今も昔とあまり変わらぬ姿を保つ天体がある
小惑星達だ
小ささゆえに 溶岩に覆われることもなく 
大気のある天体のように風化することもなかった

そんな小惑星の一つであるイトカワ
そこにたどり着いて その岩石を持ち帰ることは
イトカワに封じ込められた 太陽系創世の物語を掘り起こすことになる

そう それこそが 君に託された使命

はやぶさ 君は今
46億年前の過去を目指して 進んでいるんだ



(BGM:ランデブー)

もう あの旅立ちから2年以上も経ったのか

caption: 2005年7月 イトカワ近傍に到着

やっとイトカワが見えてきた
え どれかって?
君の目は しっかりとイトカワを捉えているじゃないか

caption: 2005年7月29日 はやぶさのスタートラッカーがイトカワを捉える

この小さな光の点がそうさ


これが イトカワの姿か


太陽系が生まれた頃の記憶を今もとどめる星

さあ 聞きに行こう 46億年分の思い出話を



(BGM:イトカワ)

はやぶさはまず イトカワの上空から2ヶ月をかけて観測を続けた
その成果を見てみよう

イトカワの大きさはほぼ予想通り
最大級のタンカーよりも少し長いといったところだ

しかし 表面の様子は 考えていたものとはずいぶん異なっていた
細かい砂と言うより ごろごろした石で覆われた地表
一体 どこに着陸したらいいのだろう

目立った地形には今回の旅にちなんだ名前が付けられた
それは はやぶさがこの場所にたどり着いた証し

そして ようやく着陸場所に選ばれたのが
なだらかに広がる 通称ミューゼスの海

さらに イトカワの岩石を観測した結果
イトカワは地球に落ちてくる隕石と 同じ種類の岩石であることがわかった
小惑星も隕石も 太陽系誕生の謎を探る大切な材料
この二つが同じ起源を持つことを 初めて直接 確かめることができたのだ

隕石と同じ材料なら イトカワの重力分布はこのようになると予想された
ところが はやぶさが実際に計測した結果は もっと小さなものだった
この強さの違いは何だろう

つまりイトカワは 見かけよりも軽い天体だということになる

この事実が物語るのは イトカワの内側には沢山のスキマがあるということ
岩同士がぶつかって くっついたり砕けたりしながら
最後にこういう格好に落ち着いたのだろう

イトカワの不思議な形の影には そんな歴史が隠されていたんだ



(BGM:ロボット)

さあ 着陸前の総点検だ

はやぶさは地球からリモートコントロールされるだけではなく
自分で考えて行動することができる
はやぶさは いわばロボットなのだ

着陸するときの目になるのは 航法誘導カメラとレーザー高度計
レーザーレンジファインダーは 4本のビームにより 
地形の傾きを検知し 機体を水平に保つ
そして 着陸の目印としてイトカワに投下されるターゲットマーカーは
3つ用意された
ここには ミッションの成功を願って声を上げた 
149ヶ国 88万人の名前が刻まれている
自分が投下した目標を はやぶさ自身が自分の目で確認しながら
自ら姿勢を安定させて 着陸を目指す作戦だ

姿勢を制御するのは 3つのリアクションホイール
それぞれ取り付けられた向きによって回転の軸が異なる
これらを組み合わせて使い 自由な方向に向きを変える

着陸して イトカワの岩石を拾う手はこれだ
先端が地面に接するやいなや ズドンと金属の弾が発射される
イトカワの重力は地球のわずか10万分の1
打ち砕かれた地表からは 細かい岩石のカケラが舞い上がり
採集箱に集まった後 地球帰還カプセルに収められる

しかし ここで大きな問題が発生した
3つのリアクションホイールのうち 2つも故障してしまった
姿勢制御は化学推進エンジンでも行うことができる
ただこの方法では 沢山の燃料を使ってしまう
そこで残ったリアクションホイールと組み合わせて使う方法が開発された
複雑な制御が必要になるが他に打つ手はない
この方法に着陸を託そう

さあ行こう 約束の地へ


(BGM:約束の地へ)

caption: 2005年11月20日 イトカワへ降下開始

2005年11月20日 ついにその日はやって来た

はやぶさ さあ いよいよ着陸だ
イトカワのカケラを取りに行こう

着陸の目印となるターゲットマーカーを投下
6分後 ついに88万人の想いがイトカワに届いた

あのきらめきが 君をイトカワに導く灯台だ

はやぶさの着地は一瞬で行われる
イトカワの地表に降り立つと 岩石を採取し すぐに離陸する
イトカワは強烈な直射日光にさらされている
その世界に長い時間滞在することは非常に危険だからだ

おや はやぶさの動きがおかしい
なぜ上昇するんだ

はやぶさ 一体どうしたんだ

そして君は 地球との通信を絶った



(BGM:不時着)

君はどこに行ってしまったんだ

彼が発見されたのは イトカワから20キロメートルも離れた
宇宙空間だった

はやぶさに起こったこと  それは何だったのだろう

何かの障害物を検出したセンサーが着陸中止の命令を出した
しかし そのとき彼はとても安定して上昇できる姿勢にはなかった
そして彼が選んだのは ゆるやかな下降を続けるという道
はやぶさは姿勢を崩したまま イトカワに着地していたのだ

化学噴射エンジンには 何度か噴射を試みた痕跡があった
そう 彼はたった一人で 姿勢を立て直そうと もがいていたのだ
不時着は おそらく彼の体に相当なダメージを与えたに違いない

しかし このままで地球に帰るわけにはいかない



(BGM:タッチダウン)

caption: 2005年11月26日 2度目の着陸へ

はやぶさ これが最後のチャンスだ
これ以上遅れると 予定通り地球に戻れなくなってしまう
さあ もう一度イトカワを目指そう

君が落としたターゲットマーカーが見えるかい
あれは 君が私達と共にある証し

高度30メートル

あと 10メートル

私達はこの時のために地球からここまでやって来た
それが今 達成されたんだ

君の成功を沢山の人達が喜んでいる
君は私達の夢を成し遂げてくれたんだ

ありがとう はやぶさ



(BGM:迷子)


しかし 大役を果たした君を待っていたのは
あまりにも過酷な運命だった

不時着の衝撃で傷ついた体
そこから燃料がガスとなって吹き出した

機体を安定させることができず 
太陽電池パネルを太陽に向けることも ままならない

caption: 2005年11月28日 メインシステム電源停止

そして ふたたび起こったガス漏れによって 
いっそう姿勢を崩していく
地球との通信を行うアンテナの向きがずれ 受信レベルが低下

はやぶさ 君の声が遠くなっていく
答えろ 答えてくれ はやぶさ


caption: 2005年12月9日 通信が完全に途絶える



君と共に歩んだ2年半 本当に様々なことがあった

未知の世界への高揚
身をさいなまれるばかりの孤独
到達の喜び
挫折
歓喜の瞬間

そしてそのどれもが宇宙の中にいることを
大きく感じさせてくれるものだった

しかし もう二度と君の姿を見ることは出来ないのか
こんな形で最後が訪れるとは 想像もしなかった



一ヶ月半後 奇跡的にはやぶさとの交信は復活する


(BGM:復活)

聞こえる
これは確かに君の声だ

はやぶさ

よかった
よく気がついてくれたね

私達と君をつなぐ このシグナル
それは たった一つのふるさとを示す 道しるべでもあるんだ

caption: 2006年1月26日 低速度通信回線が回復

君の体がひどく傷ついているのはよくわかっている
でも 君はこの旅を通じて知ってきたはずだ

君は宇宙と そして私達と
深く結びついているということを

君と私達は 地球という星が育んだ仲間なんだ


私達の声が届いているだろうか

星が引力で引き合うように
そこで生まれた命は 心で引き合うんだよ

caption: 2006年3月4日 姿勢を安定させることに成功


この力は きっと君を地球まで導いてくれる


caption: 2006年4月 漏れた燃料の排出完了


だから諦めるんじゃない

勇気を出して もう一度 イオンエンジンに火を入れよう

ここまでの旅を支えてくれた君の小さな心臓は
きっと ふるさとの星まで頑張ってくれるさ

さあ 帰ろう 懐かしい地球に

人が 自然が 
すべてのものが
君の帰りを 待っている


caption: 2007年4月 はやぶさは、イトカワの軌道を離脱


caption: 2010年1月現在 地球に向けて航行中である。


caption: 2010年6月


(BGM:宙よ)


caption: この作品をはやぶさプロジェクトに係わった全ての人にささげます


[EOF]